放射線技師にも辞めたくなる瞬間はある
スイッチ押すだけの気楽な仕事なんでしょ~なんて言われる放射線技師の仕事ですが、長いこと働いていると辞めたいと思うことが何度かありました。
どの職業にも言えると思いますが、外から見ると楽そうだけど実際大変だったというのはよくある話。
放射線技師もそのうちの一つかと。当直や転勤、ルーチンで退屈な仕事など…
今回の記事では私が放射線技師として10年以上働いてきた経験から辞めたいと思った瞬間をご紹介します。
放射線技師を辞めたいと思った3つの瞬間
オンコール待機・当直業務が大変だったとき
月の1/3はオンコール待機
放射線技師として働き始めてまず最初にぶち当たった壁はオンコール体制による拘束です。
技師1年目の配属先は技師数3人の病院でした。
救急対応も行っているので技師長含めて3人で当番を回していました。
土日は通してオンコール待機のため3週に1回は週末は無いに等しかったですね。
もちろん平日も当番を回しているのでそもそも月の1/3は当番ですが…
そしてけっこう呼ばれるので、家で休んでいても全然落ち着かないんです…
電話が来ればすぐに出勤しなければならないので遠出するわけにもいかず、お酒飲むわけにもいかず…
日々のオンコール待機も辛かったですが、技師長になってもこの当番に入らなければならないという現実に、将来の見通しを暗く感じました。
バックアップなしの一人当直
技師2年目で転勤があり、三次救急も受け入れる病院に配属となりました。
赴任後3か月の研修ののち、一人当直デビューです。
技師としての経験もままならないまま、3次救急も来るというのに当直を一人でこなさなければならない大きなプレッシャー…不安でしょうがなかったことを思い出します。
特に血管造影は普段の業務で担当しないので自信がなく、「頼むから来ないでくれ~」と祈っていましたね。
しかしそういう時に限って来るもので、その日はくも膜下出血の患者さんが搬送されてきました。
なんとか準備を進めつつ内心では「なにかイレギュラーなことが起きたら全く対応できる気がしない…そのせいで治療が遅れたりしたら患者さんに申し訳が立たない…」と思い、先輩に応援を頼むことを決心。
ですがバックアップ体制はないので順番に電話して誰かがつかまってくれるのを祈るのみ。
来てくれた先輩はとても優しく対応してくれたのでこんな技師にならなければなーと思いつつ、生命に関わる当直業務なのになんでバックアップ体制を取らないのか強く疑問を感じた夜でもありました。
一人でしっかり仕事をこなせるようになればいいだけの話ではあるかもしれませんが、研修期間では十分に経験を積むことが難しかったですね。
さらにこんな事もありました。
その日は心筋梗塞の患者さんが来て緊急カテを行っていました。だいぶ経験も積んでいたので一人で対応していたのですが、次は交通外傷の患者さんが来るとの連絡が看護師さんから入ったのです。
交通外傷ならレントゲンやCTを必ず撮ります。このときは迷いましたが一人で対応することを決意。
カテの手技の合間を見計らい、走ってCT室や初療室に行き検査をなんとかこなしました。
このときも、「生命の危険のある急患はどんどん来るのに、技師の体制は整っていなさすぎる…」と落胆しましたね。
ちなみに再度の転勤でこの職場を離れたあと、バックアップ体制が整えられ現在の当直環境はかなり改善されたとの話を聞きました。働く技師にとっても患者さんにとっても安心できる体制となってよかったと思います。
また当直に関して言えるのは、若いうちは良いのですが歳を取ってくると体力的にかなりきついのでは…という不安があることです。
日勤帯が終わったあとそのまま当直となり、仕事がなければ寝ることもできますが、患者さんが来れば夜中でも叩き起こされます。
これけっこうきついんですよね。検査のミスは許されないので、無理やり体も頭も起こさねばなりません。検査が終わったあとは変に目が覚めてしまってすぐ寝れるとも限らないですし。
自分の身体と健康を犠牲にしてる感はありましたね。
私が経験してきたオンコールや当直についてはこちらの記事でより詳細にまとめています。
転勤が嫌になったとき
私が勤めていた職場では転勤制度がありました。
13年の勤務の中で転勤は3度。そろそろ4回目の転勤というところで転職に成功しギリギリ回避できました。
転勤って独身時代は悪くないと思うんです。
転勤でも無い限り行かないような土地に行って、住んでみると意外と良かったりするんですよね。
私も技師1年目は住み慣れた地元を離れて始めて訪れる土地で働き、大変なこともありましたが人に恵まれたのもあってか良い思い出として記憶に残っています。
あと職場に苦手な人がいたとしても、数年でむこうかこちらが異動になるので部分的に人間関係がリセットされるんですよね笑
なので職場に長年いるお局的存在は発生しにくくなります。
そんなメリットもある転勤ですが、結婚して子供ができると話は変わります。
仮に結婚して子供がいる状況で転勤になれば大きな決断を迫られます。
・家族一緒に引っ越す
・単身赴任する
前者の家族一緒に引っ越すを選択した場合、妻が働いていれば退職してもらわなければなりませんし、子どもたちも友達と別れなければなりません、家族に及ぼす影響はかなり大きいです。
また後者の単身赴任を選んだ場合、生活費が二重となり出費が増え、妻の育児負担が増え、当の本人は家族との時間を失います。
どちらをとっても人生の幸福度は下がるんですよね。
組織への忠誠か、家族の幸福度か、深い悩みを抱えることになります…
私の転勤経験談についてはこちらの記事もどうぞ。
業務が退屈に思えたとき
難しい検査に対してみんなで意見を出し合い、装置のスペックを最大限に引き出し、数秒のタイミングを逃さず捉えて最高の画像を得る…!
こんなドラマみたいなかっこいい検査も無くはないんです。ですが9割近くの検査ってルーチンです。
めちゃくちゃ正直に言うと、途中からほぼ頭を使わずとも手足が勝手に動いている状態で検査をこなしていることもありました笑
業務をルーチン化させないと、時間内に終われないし体力的にも辛いので仕方ないことではあります。
ですがルーチン化しすぎて面白みを感じられず、この業務をあと何年続けなければならないんだろう…と途方にくれたこともありました。
それでも放射線技師を続けて感じること

私が放射線技師を辞めたいと思った瞬間をご紹介してきましたが、なんだかんだ言いながら現在も放射線技師を続けています。
そしてこれからも放射線技師を続けようと思っています。
辞めたい瞬間は成長の瞬間でもある
今まで挙げてきた放射線技師の辞めたい瞬間ですが、中には成長できる瞬間と考えることができるものもあります。
例えば三次救急対応のプレッシャーですが、なんとか耐えて経験を積んでいくと、怖い検査が無くなっていくんですよね。
バックアップが無いことに関しても、一人でなんとか切り抜ける度胸や技術が備わります。
もちろん体制が整っているのに越したことはないですが、どんな状況どんな検査内容でも怖くないメンタルが作れると当直の辛さもけっこう軽減されてきます。
また業務のルーチン化に関しても、今ある知識量で見える世界に限界が来て退屈に感じると思うのです。
そんなときは疾患や装置について再勉強していました。
すると今までいじらなかったパラメータを変えてみたり撮影のタイミングを調整してみたりすることでより良い画像が得られ、ルーチンを疑って変えることができるようになりそれが新たな楽しみとなったりしていましたね。
医療職のやりがいは魅力
辞めたい瞬間の多くは成長の瞬間でもあるのですが、転勤に関してはそうもいかない現実があります。
悩んだ結果、家族との時間を諦めきれずに転勤のない職場を探し始めますが、放射線技師の求人って全然ないんですよね…
あまりにもないので、途中で放射線技師以外の職を探したこともあります。
趣味で第二種電気工事士の資格を取っていたので、電気工事士やビル管理の求人を見ていました笑
その後運よく今の職場が見つかったので、現在でも放射線技師として働けています。
本気で放射線技師以外の仕事に就くことを考えたからこそ、やっぱり命に関わる仕事である医療職は尊いなと感じることがあります。
他の仕事だって社会に必要なことは重々承知ですが、今まで培ってきた技術でできる限り患者さんが楽な検査を提供したり、病気を見つけたりすることで感謝されるのは嬉しいものです。
放射線技師を辞めなくてよかったと今は思えています。
環境を変えてみる選択肢
私が放射線技師として働き続けていられるのは転職して職場環境を変えたことが一番の要因だと思います。
当直や転勤など我慢の多かった前の職場では、「あと何年働くんだ…」と鬱な気持ちになることもしばしば。
現在は当直無し、土日祝休み、残業無し、転勤無しの職場環境で心にも体にも余裕がでてきました。
放射線技師を辞めたいと思うどころか、長く続けたい、放射線技師になってよかったと思えています。
放射線技師として働く中で、一度は辞めたいと思う人は少なくないのではないでしょうか。
私もそうでした。
しかし職場を変えることで、また放射線技師として働き続けたいと思えるようになったのも事実です。
今の職場環境に悩んでいるなら、職場を変えてみるというのは選択肢としてありだと思います。
環境が変われば心持ちも大きく変わることがあります。
まずは転職の求人情報集めだけでもいいので始めてみるのがおすすめです。
放射線技師の求人情報に特化したサイトをこちらの記事でまとめています。よければ参考にどうぞ。




