胸部レントゲン撮影の被ばくについて考えてみた

検査

被ばくに関する質問

健診でX線撮影をした患者さんからこんな質問をされました。

「毎年胸のレントゲンを撮っているんですけど被ばくとかって大丈夫なんですか?」

とっさに

「レントゲンくらいの被ばくなら全然問題ないですよ。」

と答えました。すると…

「被ばくって体の中に蓄積されたりしないんですか?」

とさらに突っ込んだ質問が…!

(蓄積?被ばくしても回復はするはずだから、蓄積することはないはず)と内心ちょっと自信なかったですが…

「蓄積されたりするものではないので大丈夫ですよ。」と返答。

納得したような納得しないような感じで帰って行かれました。

たまに患者さんから聞かれる被ばくに関する質問って私はちょっと焦ってしまうのですが他の同業の方はどうなんでしょう。

このような質問を受けるたびに毎回調べて知識を整理するのですが、如何せん通常業務ではあまり使わない知識なのでだんだん薄れていってしまうのが正直なところです。

そして忘れかけてた頃に質問されたりしてドギマギしてしまうんですね。

てことで今回はブログ記事にすることで知識の定着を謀ります。

胸部レントゲンの被ばく線量

まず胸部レントゲン、正確には胸部X線撮影の被ばく線量について再確認してみます。

一般的には胸部レントゲン撮影の被ばく線量(実効線量)は約0.06mSvです。

一年間に自然界から受ける被ばく線量(実効線量)は約2.4mSvなので、胸部レントゲン撮影の被ばく線量は自然界から受ける被ばく線量の約10日分になります。

胸部レントゲン撮影時の被ばく線量による人体への影響

放射線被ばくによる人体への影響は確率的影響と確定的影響に分けることができ、それぞれの観点から胸部レントゲン撮影の人体への影響を考えてみます。

放射線による確率的影響

被ばくをすると具体的には遺伝子(DNA)が傷つけられるわけですが、DNA自体に回復力があるため胸部レントゲン撮影くらいの少ない被ばく線量では回復力が上回ります。

ただしめちゃくちゃ厳密な話をすると、回復が完全でなくDNAが傷ついたままの状態になってしまう可能性はゼロではないため、その傷ついたDNAが後々癌化するということは全くないとは言い切れません。

つまりちょっとでも被ばくすればちょっとだけでもDNAは傷つくからちょっとだけど癌になる可能性はあるよね、そしてそれは被ばく線量が上がるほど確率は上がるよねってのが確率的影響。

ですが胸部レントゲン撮影で受ける被ばく線量はかなり少ないためその確率的影響は、喫煙や飲酒、生活習慣の乱れなどの他の癌化因子の影響に埋もれてしまうでしょう。

つまりいつの日か癌になったとしても、これは昔受けた胸部レントゲン撮影の被ばくの影響だ!とは言えないため、やはり胸部レントゲン撮影での被ばくレベルでは確率的影響の観点からも問題はないと言えます。

放射線による確定的影響

ある一定量の放射線を一度に被ばくした場合、DNAの回復力が追い付かず体に影響が出てしまうことが確定します。

これを確定的影響と言い、DNAの回復力を超えてしまう線量をしきい線量と言います。

胸部レントゲン撮影の照射野内で考慮される確定的影響を挙げるとすれば、骨髄被ばくによる造血能低下や皮膚の被ばくによる発赤などでしょうか。

より低いしきい線量である骨髄の造血能低下でも500mGyのしきい線量です(皮膚影響は3Gy~)。

このしきい線量500mGyは胸部レントゲン撮影の被ばく線量0.2mGy(0.06mSvは全身評価のための実効線量なので胸部のみの吸収線量を概算)の約2500倍です。

明らかに胸部レントゲン撮影の被ばく線量では確定的影響は生じないことがわかります。

被ばくは蓄積するのか

今回私が患者さんから質問された被ばくの蓄積に関してですが、結論から言うと被ばくは蓄積されません

確定的影響の出るしきい線量は一度に被ばくしたときの線量です。

少ない線量でも何回も被ばくすると、その被ばくが蓄積されればしきい線量を超えるのでは?と思う一般の方もいらっしゃると思いますが(今回私が担当した方もきっとそう)、確定的影響のしきい線量はあくまで一度に浴びる線量です。

被ばくの間隔が空けばその間に被ばくによる損傷が回復するため、確定的影響は一度で受けた線量で評価されます。

仮に胸部レントゲン撮影をある一定期間を空けて2500回繰り返したとしても(一生かけてもそんなに撮りませんが…)その被ばく線量が蓄積されて0.2mGy×2500=500mGyとなるわけではなく、一度に被ばくした量0.2mGyで考えるため確定的影響は生じません。

ちなみに確率的影響を考えた際も被ばくの蓄積はない、というか被ばくの回数は関係ないと考えられます。

何度も被ばくしても癌が生じないこともあれば、一回の被ばくが後に癌化などの影響を生じさせることもあります。

毎年宝くじを買ってても当たらない人がいるのに、たまたま気まぐれで買った人が当たったりするのと同じです。

つまり被ばくの回数が多ければもちろん癌化の確率は高まりはしますが、回数が少ないからと言って癌化しないとも言えないのです。あくまで確率だからです。

癌化の話ばかりしてしまいましたが、今回の主題である胸部レントゲン撮影に関しては前述の通り確率的影響は無視できるレベルですのでご心配なく。

結論:胸部レントゲン撮影の被ばくは心配ない

上記の考察により胸部レントゲン撮影では確定的影響は皆無、確率的影響の面ではゼロではないが他の発がん因子に埋もれてしまうレベルであるため体への影響は心配ないと言えると思います。

ここまでの説明を求められることはなかなかないでしょうが、知識として整理されていれば自信をもって被ばくに関する質問に答えられるような気がしてきました。あとは知識を忘却しないように努めるのみです。